緑道は川の名残り
『ポンポコ新聞』
第24号より(2006.2)
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むかし喜多見のあたりには、野川をはじめとして川や堀が網の目のように
流れていました。旧野川が一の橋~世田谷通り~滝下橋緑道~現在の野川
へと緑道になっていることは知られていますが、ほかにもありました。
清水川は、狛江駅北側にある泉龍寺の弁財天池から東南に流れ下り、
世田谷通りを横断したあとくねくねと岩戸地区を通り抜け、慶元寺幼稚園と
喜多見中学校の前で喜多見地区に入りました。それから喜多見公園を通り
過ぎると、今の東名高速に沿って野川の方に向かい、途中で喜多見小学校前
からの湧水の流れを合わせて、新井橋(東名の下のところ)で野川と合流して
いました。
この清水川には町田川という支流があって、それは喜多見公園を出たあと
本流と別れ、宇奈根で多摩川の岸近くを通ったあと、天神森橋(水道道路の
橋、不二家のそば)の下流で野川と合流していました。多摩川の岸近く通る
ところは、昔は多摩川が蛇行して食い込んでいた場所で、深い淵になっていて
竜がすむと云われていたそうで、今では竜王公園と名づけられています。
ここでは、町田川の余りの水の排水門が今でも多摩川に開いています。
清水川の多くの部分はすでに緑道として整備されていて、上流の狛江市の
世田谷通りから下流の部分は岩戸川緑道と名づけられ、下流の喜多見公園
の部分は喜多見緑道と名づけられていましたが、この部分はたいへんに短い
ものでした。ところが最近はここから更に下流の支流、町田川の部分へ緑道の
整備が進んでいます。全部歩けば四㌔一時間くらい、喜多見の新しいお宝です。
一方、成城一丁目の世田谷通りに面した民有地に湧水でできた池があります。
この水は、暗きょで世田谷通りを越えた後、崖線下を通り、喜多見六丁目と
大蔵五丁目の境あたりで姿を現した後、大正橋の近くで野川に注いでいます。
これらの川は喜多見の町に大きな恵みをもたらしてくれたことでしょう。
いにしえに思いを馳せながら散策してみませんか。
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